鎮西八郎為朝(源為朝)の伝説
- 2018.08.26
- 歴史・史跡

鎌倉幕府を開いた源頼朝の叔父にあたる「源為朝(みなもとのためとも)」。
身長2mを超える体躯で気性が荒く暴れん坊で、ついに勘当され九州に追放されてしまうも、手下を集めて暴れまわり九州を制圧し「鎮西八郎為朝」を名乗ります。
その後、保元の乱を経て伊豆大島へ流されるのですが、そこでも伊豆諸島を事実上支配してしまいます。
その為朝にまつわる伝説や言い伝えが九州には数多く残されています。
まだまだほんの一部ですが、それらの場所に行ってみたのでご紹介します。
目次
大分県の為朝伝説
大分市
鬼の矢形石
ここから南に4kmほど隔たった霊山(りょうぜん)に棲む鬼と技を競い、霊山山頂から為朝が放った矢が突き刺さっと云われています。
この石は大分雄城台高校の敷地内にあるのですが、すぐ近くには雄城神社があり、為朝を祀っているとも云われ、地域の人からは「為朝神社」として親しまれています。
神楽殿の中には牛若丸と弁慶が五条大橋で戦う絵が飾られています。
別府市
以前にも別府に残された為朝の伝説の数々を記事にしているので下記もご覧ください。
的ヶ浜
為朝が羽室台から遠矢(約4km)を行った際の的が置かれたと云われており、そこから的ヶ浜と呼ばれています。
羽室台
的ヶ浜に向けて矢を放った場所で、為朝の12人の妃の墓があるとされる御霊社もあります。
由布市
塚原温泉
為朝がこの付近で狩りをしていたときに、傷ついた鹿が湯だまりに浸かって傷を癒やすのを見て発見されたと伝えられています。
一刀岩
塚原温泉から伽藍岳の山頂へ至る途中にある巨石。
為朝が一刀両断にしたと云われています。
笛立石
為朝が巨体なら笛も巨大、そうなると当然立てかける石も巨大ということで、この笛立石、高さ約4m、幅7mほどあり、周囲に点在している石と比べても大きさが際立っています。
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